認証

認証

 

指紋がつぶれてきた、と母が言った朝も、
空からはとうめいな陽子が絶え間なく降っていた

「愛とは、虹彩に宿るもの。
だから皆、素顔を晒さずとも
指を触れ合わさずとも
たいせつなひとを見分けることができるのです。
ほら、見てごらんなさい。
誰も同僚をちちおやと間違えたり、
しんゆうを顧客と間違えたりしていないでしょう」

音声アシスタントが皓々と告げる
マスクをしているとロックを外さないのは、おまえに目がないから?
それとも、愛がないから?
「すみません、よくわかりません」
文字と音を構成する二進数に
労働基準法は適用されない
ので、今日も忙しなく無給残業を続けている

視線を交わし合いながら
虹彩にかくされた暗号を読み取り
こいびとたちは互いのロックを外す
「ディスプレイ越しだろうとその確実性は
決して揺らぎません。
なぜなら、認証を行うのはにんげんだから」

ならば私は
こいびとたちに向かって
チョコレートを投げつけよう!
安全で高性能で永久型の
認証を祝福するために

 

 

 

【以下蛇足】

たしかはじめて講座外で公開した詩(鍵垢だけど)。いまでもわりと気に入っている。