詩誌「蜜」創刊号 に参加しました

タイトルの通り、今月の文学フリマ東京(5/21、ブースO-37)で頒布される詩誌「蜜」創刊号に参加しております。

はじめての詩誌参加となります。私は「引き取る」「教師あり」という二篇を寄稿いたしました。

「引き取る」は今年の仕事始めの日に人のまばらなオフィスで仕事するふりをしながら書いた作品です。「教師あり」はIT分野に関心のある方ですとタイトルでテーマに気づかれるかもしれませんね。実はどちらも〇〇〇〇〇〇(ネタバレ防止)の〇〇〇〇(ネタバレ防止)から着想した詩だったりします。

余談ですが、原稿提出の際に規定の行数を勘違いしており、一作品分のMax行数に二作品分収めているためおそらく他の方より短めになっているのでは? と思っています。

私の誤解が発覚した際に編集部の方からは書き直しても大丈夫ですよとお気遣いいただいたのですが、さりとて無理に削ったというわけではないのでそのままとさせていただきました。

 

先日の編集部Twitterアカウントの告知で私もはじめて書影を拝見しました。装画はもちろんのこと、誌名のロゴやフォント、少しくすんだ色使いなど、目を惹く華やかさがありつつも、どこか背筋が自然と伸びるような佇まいだなあと感じています。

そして執筆者一覧を見るとお馴染みの方もいればお久しぶりですの方も、たぶん初めましてな方も、もしやこの名前は私の知ってるあの人……? な方もいらっしゃってドキドキワクワクですね。普段閉じたコミュニティで詩を見せ合ったりしていると、他の方の作品を読んで何この詩めっちゃ面白いやんけ! ここに天才がいるんですが!? などということがあっても当然ながらコミュニティ外の人には伝えられないのでなかなかもどかしくなることもあるのですが(とはいえその閉鎖性ゆえに安心して作品を公開できるというのは得難いことだと思いますし、私自身そういった安心感があったからこそ書けた作品もあります)、今回詩誌という形になることによって外の人とも作品の“よさ”を共有できることが本当にうれしいです。早く読みたい。語りたい。

 

情報告知後の執筆者各位の参加表明や反響に正直言うとかなりビビっているのですが、私などの作品が混ざってていいのか的な卑下をしてしまうとそれはそれで今回お声がけいただいた、そして掲載いただいた編集部の方に失礼かなと思うので堂々としていることにしました。書き手としての未熟さや怠惰は自覚しているつもりですが、その上で私がこの詩誌に対してできることがあるとすれば、掲載作品のバリエーションの幅をわずかでも広げることなのかなと。

たとえば私は、詩など読んでいるときたまに「あ、今私(読者)が異性愛者だって決めつけられたな」と感じる瞬間があるのですが、私の寄稿によって読者を異性愛者と決めつけない詩を「蜜」というアンソロジーの中に少なくともひとつ(ふたつですかね)は存在させることができたのであれば、それが今回お声がけいただいたことへの報いにつながればいいなと勝手ながら考えています。

そんな堅苦しいことを言いつつ、今回の二篇はそんな使命感もなくどちらも楽しく書いたので、気楽に読んでいただければ幸いです。

 

改めまして、編集部S様、M様、K様、この度は素敵なアンソロジーへのお声がけありがとうございました。本をつくるというのはただでさえ大変なことだと思いますが、それを招待作品+20人分の寄稿作品をまとめる形でなされたということに本当に頭の下がる思いです。

5月21日に完成した本を手に取れることをとてもとても楽しみにしております!

そして読んでくださる方々、ぜひどうぞよろしくお願いいたします🍯🥀

2022年9月の詩

神様が棲んでいる街


しばらく帰省しないでいるうちに
故郷に神様が棲みついたらしい
神様は人間よりえらいので
神様の決めたことに逆らって
間違った生き方をする人間は報いを受ける
そんな主張を繰り返しているのだと
半年遅れでニュース記事になっていた

故郷と言ったものの
そう呼ぶことに違和感がないではない
山にも川にも海にも遠く離れた安全で住みやすい土地
祭と呼ばれる行事はあるにはあったが
何を祀るというわけでもなく
新興住宅地の区切られた公園で
ペットボトルの神輿を担いでいた

"その時代には今と同じような混乱が大変起きました。それで一瞬にして、その町は灰になりました"

記事に載っていた名前には覚えがあった
私がまだその街の住民だったころ
校門前で神様の功績について書かれた本を受け取ったり
塾のホワイトボードに日替わりで神託が書かれたりしていたから

神様について母にLINEすると
《しょーもないやつなんだよ 困ったもんだ》と返ってきた
そんな困ったもんをどうして棲みつかせてしまったのかとは思ったが
それよりもまず母が神様のことを
しょーもないやつと言ったことに安堵していた

"間違った生き方をすれば間違った報いがくるということでございますよ。簡単です"

確かに神様を神様として扱う人より
しょーもないやつだと相手にしない人の方がずっと多かった
というより私もそうだった
神様をしょーもないやつと言いながら
正しい生き方ができているかわからないので
正しい生き方ができているかどうかなんて気にしたこともない顔をしていた

今や神様は駅前に事務所を構え
自費出版の創世記を配っているのだという
一方私は街を出てから
何らかの学問を修めるなどしていたが
正しい生き方が正しい理由も
間違った生き方が間違っている根拠もついには見つけられず
かろうじて定義書.zipだけが手元に残った

その街の住民でこそなくなったが
解凍した定義書には神様の位置情報も入っていたので
私は私の位置から神様を見据えることができる
掘り返した言葉を携え
ここにいるということを
真顔で 逃げも隠れも諦めもせず

《そういえば次いつ帰ってくるの》
擦られたマッチのような音がして
神様についての会話は一段浮き上がる
《次の祭の時期には帰るよ》と返す代わりに
ペットボトルの絵文字を送ると
吹き出しの向こうで花火が打ち上がった

2022年8月の詩

ショーアップ


あたかも
目に見えないおおきないきものが
宙に向かって爪を立てたかのように
時速1000kmをほこる翼が
空に五本の線を引いていく
空とおなじ色の名前をきらめかせながら

空と翼の擦れ合う音が
肌を粟立てる代わりに
わたしたちを沸き立てる
空を見上げる顔の
下半分をマスキングしているので
わたしたちは、匿名になれている(のだろうか?)

次の会場へと狙いを定めている翼たちは
事前の打ち合わせ通りに都内を一周したのち
10分ほどで着陸基地に帰り着くことになっている
それは間違いなく平和の証拠で
平和には感謝しなければならない
と 定められている

祝砲が打ち鳴る
今はもう歴史上にいる彼も
きっとマスクをしていたはずだ
でなければ要注意人物として警戒されてしまっただろうから
打ち鳴らすまでは無名
だったはずなのだ
(組み伏せられ
撮影され
移送され
特定され
報道されるまでは)

空の傷口から血が滲んでいる
空の流した血は
決して地上に降ってこない
わたしたちは翼の行き先を辿るのに夢中で
血の落ち先については誰も知らない
かつて崖から飛び降りた人間たちや
落下傘を背負って飛び降りた人間たちの
落ち先を知らないのと同じように

2022年7月の詩

怪談2022


その日いつものように起きたら
幽霊になっていたんです
生き霊とかじゃありません
身体丸ごと透明になって
なんだか黒い靄に覆われているんです

じゃあ死んだのかと言われたら
そんな覚えは一切なくて
ただ思い当たる節といえば昨日
「あとはあなたの結婚式さえ」なんて祖母に言われまして
あれが悪かったんじゃないかと思うんです
いつもなら気の利いた嫌味のひとつでも返すのですけれど
さすがに善良な祖母相手では何も言えなくなるでしょう

街に出てみると案外同じような幽霊は多くて
ただ赤だったり緑だったり青だったり
靄の色はそれぞれ違っていて
もちろんたとえばひと口に赤と言っても
マゼンタだったりワインレッドだったり朱色だったり#DF0101だったり色々ですし
また私に見えない幽霊もいるのでしょうから
それだけで幽霊を知った気になるのは早計なのですが
けれども同じ幽霊というだけで
なんとなく親近感は湧いてくるものですね

人間のひとたちが次々に私たちを通り抜けていきました
やっぱりあのひとたちには幽霊は見えないのでしょうか
幽霊に関心を持たずに済むのはいい国の証拠だそうです
私はと言えばとうぜん幽霊なので
幽霊には関心を持っているに決まっているのですが
となるとこの国はほんとうはいい国ではないのでしょうか
それとも実は
私がこの国に住んでいるということのほうがうそだったりして

しばらく彷徨っていると
幽霊の皆様 なんて看板を見つけました
ふらふら入ってみたはいいものの
黒い幽霊のための椅子は用意されてないんです
仕方ないから「その他大勢の皆様」と書いてあるところに腰かけてはみたんですが
案の定居心地はそれほどよくないから困ってしまいます

そこはどうやら相談会場のようで
漏れ聞こえた会話によると
幽霊は生産性がないから社会保障の対象外なんだそうです
ならいっそ生産性のある幽霊になって
社会的混乱でも引き起こしてやろうかと思うわけですが
ただでさえまじめに勤労納税節電投資感染対策しているというのにその上生産までしてしまったら
私ほんとうに都合のいい幽霊になってしまいそう

そうこうするうちに順番が回ってきたので
担当者のひとに聞いてみたら
みなさん疲れてるんですよ
生活するのに精一杯だから
いるのかいないのかわからない幽霊に配慮している余裕がないんです って言われたものですから
思わず大声あげてしまったんです
私のほうこそあなたがたに気を遣うのはもううんざりなんです
いるのかいないのかじゃなくて
いるんですよ私たちはたとえ幽霊だとしても
いいえそんな譲歩すらいらない
仮定じゃなくて事実でしょう

そうしたら急に全身が重たくなって
私はいつのまにか地に足がついていました
そこでやっと思い出したんです
幽霊なんているわけない
ここには最初から生きてる人間しかいないって

2022年5月の詩

かくしもの

立ち会った母が言うには
かれは骨が丈夫だったから
なかなか焼き終わらなかったのだという
壺の蓋を開けると
二年前埋め立てられた公園の
砂場と同じ音がした

薄い皮膚と毛皮の下に
かくされていたものたち
かれにしてはかくすのが上手だったから
白い と言ってしまうには
十六年分の生活が沈着しているその色を
私は見たことがなかった

が 私は知っていた
かれと町を歩くとき
足元をすり抜けていく尾骨も
かれを抱き上げたとき
空を蹴って伸びる脛骨も

かれが擦り寄ってきたとき
手のひらにすっかり収まる頭骨も
かれの背中を撫でたとき
くりくりと手応えをかえす脊柱も
(知っていた 私は)

たべもののなかでも
牛乳とチーズをひときわ好んでいたのは
もしや そういうわけだったのか

浅慮な人間である私は
そこでようやく気がついたのだ







犬が亡くなったと連絡が来たのはことしの3月の日曜日の午前2時だった。前日、久しぶりに外出した疲れでうっかり部屋の電気をつけたまま寝落ちてしまい、そこから目覚めてふとiPhoneの画面を見たら父からLINEが来ていた。そっか、と悲しみなどよりもなにかが腑に落ちたような思いがして(ちょうど前日、犬がなにも食べなくなったと妹から聞いていた)、部屋の電気を消して、そのあと特に寝るのに苦労した覚えはないからたぶんそれほどかからずにまた眠ったのだろう。ただ、犬にとって、かれが生きていた時間のうち、いい思いをしている時間がなるべく多かったらいいなと思った記憶はある。ずいぶん無責任な言い方だと思うのだけれど、数年前に実家を出て、年に何度か帰省する以外に犬にかかわらなくなった私は、無責任にそう祈りたかった。たとえ犬が生きていたとしても、その答えを聞いて確かめることはできない。
犬は食べることを熱烈に愛していた。私がかれの声をはじめて聞いたのは、食べかけのおやつを取り上げられたことにかれが抗議した時だった。最晩年を除けば、かれは自分に供されたたべものを──無骨な見た目の体重管理用ドッグフードだろうと、大型ペットショップのショーケースに鎮座していた誕生日ケーキだろうと──、最早情熱的にすら見える態度を示しながら口にしていた。なかでも乳製品はかれの大好物で、かれ専用の食器に牛乳を注ぐ音を聞きつければ(水はかれの寝床に備えつけられた吸水器から飲む習慣だったから、その金属製の食器に液体を注ぐ音がすれば、それはつまり牛乳なのだとわかってしまうのだ)ものすごい勢いで駆けつけてきて台所を跳ね回った。実家の食糧棚には、チーズ味の犬用おやつが常にストックされていた。

2022年4月の講座に出した詩

しーくぇる

しーくぇる
ビッグデータの雑踏で
その名を呼べば駆けてくる
しーくぇる
もう一度呼ぶと
尻尾を振った
意味のある声と意味のない音と
かつては意味のあった響き
それらがしきりに飛び回っては
ぶつかりあってこだまする

とってこい しーくぇる
銅像のモデルとなった犬が
最期に瞬きをしたとき
かれの目に映っていたものを
今では野戦病院となっている
図書館の跡地から

せれくと──ふろむ──ふぇあー
しーくぇる
おまえの言葉は躾が行き届いていて
抽象の入り込む余地はないが
それでも会話というものが
人間の手に負えないことに変わりはない

何をと誰のとどこからとどんなが絡まって
解くのに苦労していると
しーくぇる 帰ってきた
ほこらしげに
“なにもなかった”を咥えながら

しーくぇる
おまえは決して歌わない
木簡の裏に書きつけられた詞章を
とってくることはできるだろうが
少なくともここの世界は
おまえ自身が歌いだすようにつくられてはいない

しーくぇる しーくぇる
わたしたちの誰もがいなくなったあと
おまえは誰に見つかるのか
拾い集めた詩を咥えたまま
まだ探しものに夢中になっているおまえを









〜ここから蛇足〜
シークェルとはSQLといってデータベースに対して色々と命令するための言語のことです 詩ではデータを取ってくるしかできないみたいに書いてますが、実際のところはデータを新しく追加したり削除したり、データベース自体を作ったり消したりもできます

正直プログラミングとかやらん人にはなんのこっちゃという話だと思うんですが、講座の方々は聞き慣れない言葉を使ってる作品でも丁寧に読んでくれるのでとてもありがたい……

2021年度後期講座に出した詩二編

【i】OS

みな 生まれたときは【恋愛】などしたことがないのだから
きっと人生のどこかで
これが【恋に落ちる】ということなのだと
不意にわかる瞬間が来るのだと思っていた
ソフトウェアが更新されて
新しい機能が追加されるように
にんげんたちは流暢に会話をする
【ツキガキレイデスネ
ソーユーノッテイマモウセクハラニナッチャウンデスヨ
ヤッパカチカンノアップデートシテイカナイトダヨネ】

バージョン 4.2.1
・安定性の向上
・その他軽微な不具合の修正

月面基地から配信された修正パッチが
眠っている間にインストールされれば
私もにんげんになれるのだと思っていた
ひとを【愛する】のがにんげんなのだと
歌も物語も言っていたから
そう読み取るのが正しいらしかったから
「もしかして
とっくに配信は終わっていて
私は受け取り忘れたのでしょうか
それとも
本来はデフォルトでインストールされているものなのでしょうか
それとも
すべて私の思い込みなのでしょうか
私が【恋愛】だと思って
健気に待っていたものと
にんげんたちが後生大事に抱きしめているものは
ほんとうは なにもかも違うものだったのでしょうか」
月に向かってそう問い合わせたこともあった
もちろん 返ってきたのは定型文にすぎなかったが
今となっては 【愛する】が
愛することの全てではないことは
きちんと腑に落ちていて
私は私が愛することができるのを知っている
それでも依然として
愛するという言葉のなかの
【愛する】が占める割合はかなり大きいようなので
もしかすると と
帰り道の空を見上げてしまう時があるのだ
ずっとあとになってから
ようやくアップデート通知が来て
もう遅いよ、と苦笑いでもするのか
もしくは今際の際になって
そういえば結局来なかったな と
一瞬だけ思い出すのか
その答えがわかる日まで
お使いのバージョンは最新らしい

                                                                                                                      • -

カムアウト

告白します
異性を愛さないことを
告白します
家賃を滞納したことを
告白します
詩を書いていることを

告白します
二卵性双生児であることを
告白します
マヨネーズが食べられないことを
告白します
一人称が私であることを

それは胸に秘めた罪なのか
それとも苦悩の末に
やっとの思いで吐露する秘密なのか

告白します
少女趣味を
告白します
伊達眼鏡を
告白します
花粉症を

──いいと思うよ
──なにを今更
──騙していたのか
──それがどうした
──よく言ってくれた

それら全てが
ひとしく私である
そのことに変わりはないはずなのだが

                                                                                                                      • -

【以下蛇足】
前者が11月、校舎が1月に出した詩。12月は仕事がやばすぎてむりだった。
かなり直裁に捻りなく書いているので出した直後は小っ恥ずかしいやらでまともに読み返せないんだけど、講座の人たちはどんなこと書いても好意的に読んでくれるのでありがたかった