ようかいけむり終売のニュースが出た頃講座に出した詩

夜行

 

朝起きると、
右手のひと差し指とおや指が、
くっついて離れなくなっていた。
始業まであと1時間と15分。
残された3本の指で踊るには、
キーボードは広すぎる。
困り果てて床に寝転び、
輪になったひと差し指とおや指の隙間から、
空き家の金魚鉢を覗き込む。
と、ガラスに積もったほこりが形を変え、
老婆があらわれた。
否、老婆ではない。
あれは、
ようかいだ。

「ようかいのけむりだよ」
鉄板がソースを焼く匂いと、
スピーカーから流れる天狗囃子。
河童と化け猫の面が並ぶ隙間に、
ようかいは吊るされていた。
空では火の玉が撃ち落とされ、
光りながらばらばらにはじけている。
天から降り注ぐそれは、
小豆のように痛かった。

取り立てに来たのだ。
ながいあいだ、
借りっぱなしにしていたけむりを。

「おいくらになりますか?」
恐る恐る問うと、
ようかいは飛びかかり、
おや指とひと差し指が
生えているちょうど根っこから、
肉刺をひとつむしり取った。
わりわりわり。
泣き声のように音が鳴る。
「それだけはやめてください、
それは大事な目じるしなのです」
尻餅をついて懇願する私に向かって
かこくけけ、とわらうと、
ようかいは煙も残さずに消えた。

そうして私はまた、
右と左をまちがえるようになった。
今でも、おや指の指紋は
白い粉ぐすりで埋め立てられている。