2022年7月の詩

怪談2022


その日いつものように起きたら
幽霊になっていたんです
生き霊とかじゃありません
身体丸ごと透明になって
なんだか黒い靄に覆われているんです

じゃあ死んだのかと言われたら
そんな覚えは一切なくて
ただ思い当たる節といえば昨日
「あとはあなたの結婚式さえ」なんて祖母に言われまして
あれが悪かったんじゃないかと思うんです
いつもなら気の利いた嫌味のひとつでも返すのですけれど
さすがに善良な祖母相手では何も言えなくなるでしょう

街に出てみると案外同じような幽霊は多くて
ただ赤だったり緑だったり青だったり
靄の色はそれぞれ違っていて
もちろんたとえばひと口に赤と言っても
マゼンタだったりワインレッドだったり朱色だったり#DF0101だったり色々ですし
また私に見えない幽霊もいるのでしょうから
それだけで幽霊を知った気になるのは早計なのですが
けれども同じ幽霊というだけで
なんとなく親近感は湧いてくるものですね

人間のひとたちが次々に私たちを通り抜けていきました
やっぱりあのひとたちには幽霊は見えないのでしょうか
幽霊に関心を持たずに済むのはいい国の証拠だそうです
私はと言えばとうぜん幽霊なので
幽霊には関心を持っているに決まっているのですが
となるとこの国はほんとうはいい国ではないのでしょうか
それとも実は
私がこの国に住んでいるということのほうがうそだったりして

しばらく彷徨っていると
幽霊の皆様 なんて看板を見つけました
ふらふら入ってみたはいいものの
黒い幽霊のための椅子は用意されてないんです
仕方ないから「その他大勢の皆様」と書いてあるところに腰かけてはみたんですが
案の定居心地はそれほどよくないから困ってしまいます

そこはどうやら相談会場のようで
漏れ聞こえた会話によると
幽霊は生産性がないから社会保障の対象外なんだそうです
ならいっそ生産性のある幽霊になって
社会的混乱でも引き起こしてやろうかと思うわけですが
ただでさえまじめに勤労納税節電投資感染対策しているというのにその上生産までしてしまったら
私ほんとうに都合のいい幽霊になってしまいそう

そうこうするうちに順番が回ってきたので
担当者のひとに聞いてみたら
みなさん疲れてるんですよ
生活するのに精一杯だから
いるのかいないのかわからない幽霊に配慮している余裕がないんです って言われたものですから
思わず大声あげてしまったんです
私のほうこそあなたがたに気を遣うのはもううんざりなんです
いるのかいないのかじゃなくて
いるんですよ私たちはたとえ幽霊だとしても
いいえそんな譲歩すらいらない
仮定じゃなくて事実でしょう

そうしたら急に全身が重たくなって
私はいつのまにか地に足がついていました
そこでやっと思い出したんです
幽霊なんているわけない
ここには最初から生きてる人間しかいないって